TeruPaPaの家と子どもと健康と

新築で注文住宅を建てる際の細かいところまで、時系列を追いながら綴っていきます

日記007【大学時代の親友の自殺を受け止められない】

 どうしても自分一人で消化できないので、匿名で、知り合いの誰にも気付かれることのないこの場を借りて吐き出させてください。

 

 先週、大学時代の親友が自殺しました。二ヶ月前に結婚したばかりでした。

日本の誇る超大手一流企業に勤めており、大学時代から優秀でしたが、入社してまだ数年にもかかわらず同期から頭ひとつ抜けて出世し、将来の幹部候補として嘱望されていたと聞きました。奥さんの言葉を借りれば「人たらし」で、第一印象が抜群に良く、老若男女問わず多くの人に好かれていました。

 親友と私は大学のサークルの同期で、下宿先が非常に近かったこともあって、週に最低4日は会っていたと思います。頻繁に二人で飲みに行き、サークルの運営、技術の向上といった真面目な話から、趣味、将来、恋愛といったプライベートな話、ただの愚痴まで、他の人には言えないようなことも何でも話せる間柄でした。「こいつとは一生の付き合いになるんだろうなぁ」という漠然とした思いをお互いに持っていたと思います。

 二年前、私が先に結婚しました。私の妻は同じサークルの同期だったので親友とも非常に親しく、我が事のように喜んでくれました。結婚式では撮影係をしてくれて、遠方にも関わらず年2回は遊びに来てくれて、祝いの品まで頂きました。この頃には既に、仕事がつらいという愚痴を聞いていました。それでも一眼レフカメラやら何やら新しい趣味を開拓して、それなりに楽しむ余裕はあったんだと思います。

 昨年、親友が奥さんを紹介してくれました。既に婚約して式場も押さえてあると話していました。会社の先輩の紹介で知り合ったという奥さんは非常に明るい方で、どちらかというと大人しくマイナス思考の親友を掬い上げてくれそうな人だと思いました。これと同時期に、私たちに子どもができました。私たちが一番最初に妊娠したことを報告した友人は、親友でした。本当に喜んでくれましたが、生まれた子どもの顔を直接見ることは叶いませんでした。

 今年の5月、親友が失踪しました。この頃には既に奥さんと入籍して同棲していました。失踪の根本的な理由は仕事がつらかったことだと思いますが、このときは奥さんとの口論がきっかけとなって家を出たと聞きました。仕事には行きたくない、今は帰る家もないと思った親友は、携帯も持たずに着の身着のままで行方不明になりました。一週間後、「死のうかと思ったが踏ん切りがつかず、ふらふらと北へ移動して北海道まで来てしまった」という電話を親友から受けた奥さんは、「もう仕事も何もしなくて良い、そばにいてくれれば良い」と泣きながら訴えたそうです。このときは無事、帰ってきました。

 私には行方不明になって二日目に奥さんから連絡があり、フェイスブックやらGメールで連絡を取ろうと試みながら、気が気でない日々を送っていました。後日、親友から謝りの電話がありました。「この一年、うまく生きられなくて、誰にも打ち明けられなくて、仕事もうまくいかなくて、本当にしんどかった。どうにか戻ってきて、自分が孤独じゃないこと、死んだら全てが台無しになるってことを思い知らされた。今はとにかく自分の心を安定させて、できることをやっていこうと思う。正直まだまだ大丈夫とは言えないけど、もうこんな真似はしない」と言われました。私はこのとき、「仕事も家庭も完璧にはこなせないし、一人では限界があるから、適度に力と手を抜けよ。そして人に頼ること。今回の一件で色々と学ぶことが出来たなら、それは長い人生で見ればプラスに働いたんじゃない?話ならいくらでも聞く。また飲もう!」と偉そうに講釈を垂れていました。しかしこの頃は私は育児に追われ、遠方まで足を運べる状況ではありませんでしたし、親友もそれを慮ってか、私に連絡することはありませんでした。

 そして6月、親友の結婚式に出席しました。親友は吹っ切れた清々しい顔をしており、奥さん共々とても幸せそうでした。披露宴の最後の挨拶では、「ここにいる皆さんには先月たくさんの迷惑をかけてしまったけど、これからは妻と二人でどんなことも乗り越えていきます」と格好良く決めていました。会社の同僚からのサプライズムービーもあり、親友は相変わらず多くの人に愛されているんだなと心底安心しました。7月の新婚旅行も、海外で親友大得意の英語力を存分に発揮でき、奥さんに頼られ、とても楽しんでいたようです。

 そんな中での訃報は、到底信じ難いものでした。仕事の休憩中に携帯を確認したら奥さんから不在着信とメールがあり、「夫が亡くなりました。明日通夜になります」とだけ書いてありました。仕事そっちのけで電話をかけ直し、奥さんから今朝自殺していた、いま警察にいると説明を受けました。奥さんが最初に見てしまったようで、とても動揺していました。私も動揺が大きく、手先が震えて仕事になりませんでした。また、どんなに真剣に受け取ろうとしても「まさか冗談だろう」という否定したい思いが湧き続け、頭の中がこの堂々巡りで埋め尽くされました。翌日の通夜で顔を見るまでは、本気で受け止めるなという心のブレーキがかかり続けました。

 翌日、出張先から4時間かけて親友の元へ向かいました。一人では受け止められるか不安だったので、連絡をしていた他の友人2名と最寄り駅で待ち合わせてから向かいました(おそらく友人たちも同じ気持ちだったのでしょう。私の着く時間に合わせてくれました)。入口で親友のご両親にお会いしたら涙が溢れそうになり、何も話せなくなりました。そのまま棺に向かうと、本当に安らかな、眠っているかのような表情の親友がそこにいました。親友のお母さんが私たちの隣に立ち、死んでしまったときの状況を色々と教えてくれました。私の名前を言ったら、「息子から良く名前を聞いていた、静岡の子よね。息子は実家に帰るついでに静岡に寄っているのか、静岡に行くついでに実家に帰ってきているのかわからなかったわ」と言われ、私は溢れる涙を止められなくなりました。1時間程、私は泣きながら(ほとんど良く聞き取れない声だったと思いますが)お母さんに親友の大学時代の話をしました。

 そのあと奥さんとも話をして、二人が結婚してからの話を聞きました。親友は結婚以降、本当に幸せだったそうです。しかも、奥さん以外には秘密にして転職活動も始めていました。先週2社目の面接があり、残念ながら不採用という通知を受けたばかりだと聞きました。職場でも上役に仕事量の過多や上司との人間関係が上手くいっていないことについてちゃんと訴えていたそうです。仕事を辞めたいとも伝えたが、説得されて辞められなかったみたいだとも聞きました。そこまで行動出来ていたのに、何故自殺しなければならなかったのかという気持ちが沸き、悔やむに悔やみきれませんでした。

 その日は終電まで通夜会場にいました。そして、ご遺族から大学時代の友人にも急だけど明日葬儀があることを伝えてほしいと言われました。「自殺ということで周囲にはあまり伝えない方向で考えていたが、私の大学時代の話を聞いて、やはり親友も最期に皆に会いたいだろうと思った」と話してくれました。私が連絡したのは既に日付が変わろうとしている時間だったにもかかわらず、葬儀には30名近い友人が参列してくれました。中には博多から始発に乗って来てくれた後輩も、車で駆けつけてくれた先輩もいました。親友の尊敬していた恩師も仕事を急遽休んで来てくれました。

 私は通夜で散々泣いたので、自分ではもう気持ちの整理が出来たつもりで、葬儀では泣かないだろうと思っていました。葬儀が始まる少し前には、「出張先から直接来たのでちゃんとした格好が出来ず、ストライプの入ったスラックスに上着なしという、通夜はともかく葬儀にはふさわしくない格好なのは俺だけか。悪目立ちしてしまうな」なんて考えていました。しかし葬儀が始まって死をまた現実として受け止めなければならなくなると、涙が止まらなくなりました。最期に棺に花を入れ、親友の冷たい額に触れたときは、泣き崩れてその場から動けなくなりました。葬儀が終わったあと、親友の大学時代の友人を集め、私から事情を説明しました。自殺だったこと、仕事で悩んでいたこと、直前までご遺族の意向で伝えるか悩んでいて連絡が遅れたこと、最近はすごく幸せそうだったこと、等々です。私は説明しながらまた泣き出してしまって、ちゃんと聞き取れたかどうかわかりませんが、皆は精一杯親友の気持ちを汲もうとしてくれていたと思います。私は相当ひどい顔をしていたようで、話し終えたあとに先輩から「とにかくお前がまず休め」と言われました(家に帰ったあと妻からも言われました)。

 親友は自殺する前日に(精神的な問題で)会社に行けなくて休んでいました。当日も「仕事に行きたくない」と言っていて、奥さんは「今日も休んだほうが良い」と言って先に家を出たそうです。奥さんが仕事中、親友の会社から「無断欠勤している」と連絡があり、慌てて早退して引き返しましたが、間に合いませんでした。状況から見て、親友は普段玄関に置いてある車の鍵と社員証を持っており、仕事に行こうとしていたようでした。しかし、どうしても靴が履けず、室内に引き返して自分を殺してしまいました。新婚にもかかわらず夫を亡くし、しかも現場を見てしまった奥さん、息子に先立たれたご両親の気持ちを思うと、本当に心臓が張り裂けそうです。

 私も一生忘れないでしょう。私自身としては気持ちが整理できたつもりでいましたが、仕事中も気付いたらこのことを考えてしまっていて、まるで手につきません。夜は中々寝られず、今日は会社に寝坊までする始末です。妻には「たとえ平日で今日仕事でも、あなたは少し眠ったほうが良いと思ったから放って置いた」と言われました。仕事中も気付いたら意識が飛んでおり、もう本当に駄目駄目になっていて、自分が情けなくなってきます。

 そして少し眠れたと思ったら、決まって親友の夢を見ます。私と親友が飲み屋みたいなところにいて、そこには二人ではなく誰か第三者もいます。私はその第三者に、「親友はこういうやつなんだよ」「前こういうことがあって、こんなこともした」「親友はこのとき実はこう思ってた」と得意げに、まるで親友のことを何でも知っているんだと誇示するように話しています。親友は「そうだっけ?」「そうかなぁ」とか言いながらニコニコ聞いています。夢の中の私も親友も、親友が亡くなったことを理解している風で、そのうち私は「あのとき俺に言えばなんとかしてやった」「先に相談してくれれば上手く取り計らった」「あれは俺がこうしなかったのが失敗だった」と親友に愚痴ってもいました。夢の中の私は怒っているのか悔やんでいるのか、とにかく親友にひたすら話しかけていました。起きたら具体的にどんな話をしていたのか思い出せないのですが、このシチュエーションだけは覚えています。

 とにかく全く仕事が手につかないので、この気持ちを整理しようと思って今回日記に書いてみました。これで今日は良く眠れるでしょうか。三日連続で同じような夢を見ましたが、三日目は他の夢も見たような気がするので、徐々に心が整理されているのだと思います。

 

 もし自殺を考えている方がいたら、思い留まって欲しいです。もしマイナス思考に陥っていそうな友人の顔が思いついたら、とりあえず連絡してみて欲しいです。誰かが死ぬということは、関わった全員に影を落とすということです。相変わらず偉そうに講釈ばかり垂れていますが、私の心からの願いです。